震災の発生から早1週間が経とうとしています。
被災者の方々から窮状が伝えられる度に胸が苦しくなり、
最前線で懸命の対応を続けられている方々に心からの敬意を感じます。
前線に立っての救援活動は組織化されたプロの手に委ねるべき状況のもと、
今、我々は何をするべきか、そして何をすべきではないか―
原発懸念の冷静な把握を中心に、なすべき判断の所在を考えてみようと思います。
■■ 原発懸念: 東京で過剰に騒ぎ立てる必要のある状況か
まず最初に認識する必要があるのは、健康への影響というものは「あり」/「なし」ではなく、
無視できる程度なのか深刻な程度なのかで考える必要があるということです。
地上にいる限り、いつなんどきも隕石が宇宙から降ってきて頭を直撃する可能性があります。
ではそれを聞いて、地上には危険が「ある」からと地下深くに避難しようと思うでしょうか。
あるいは、飛行機は一定の確率で墜落すると聞いても、
飛行機には危険性が「ある」からと言って飛行機に乗らない人は現在はほとんどいません。
福島第一原発で今起こっている事態も同様に、危険性が「ある」という点は確かでしょう。
では、それがどの程度深刻な事態なのかを考えてみましょう。
3/17現在、原発敷地内で検出されている放射線強度は数百μSV/時です。
(東電公表資料:http://www.tepco.co.jp/cc/press/11031704-j.html)
この強度は、もし仮にまさにその場所で1ヶ月間ずっと継続的に浴び続けると、
がんになる確率が2%ほど生じる程度です。
(※概算として、600μSV/時×24時間×30日×(発癌確率0.05/SV)とした場合)
この検出場所は原発敷地内なので、発生源から2-300m以内でしょうか。
放射線の強度は仮に遮蔽物がなかったとしても距離の2乗に比例して減衰するので、
2-3km離れた場所では数μSV/時。考えにくいですが仮に1年間浴び続けてようやく同0.2%。
50%程度がいずれがんになる日本人にとっては、もう既に全く気にしなくてよさそうな確率です。
このように2-3km離れただけで十分に安全なように思えますが、
3/17現在の避難・屋外退避指示の範囲は20-30kmに設定されています。
ここでは距離が10倍、つまり危険性はさらに100分の1になります。
実際には1年間も浴び続けるわけではないのでさらに例えば100分の1。
また、建物などで遮蔽されていればさらに数万・数億分の1に減衰。
放射性物質が直接風に乗って飛来する場合もほぼ同様の計算ができます。
2-300mの範囲内にあった放射性物質が、2-30km圏内に散らばると、面密度は1万分の1。
上下方向にも拡散するので、実際には数十万分の1でしょうか。
風向き次第でこれより濃度が上がる可能性はありますが、
風で流されるので滞留する時間は数時間~数十時間にとどまるでしょう。
日本政府の定める避難指示の基準は、放射能被害に対する市民の不安意識に応えて、
このように軽く1万分の1などかなりの安全性の余裕(バッファ)を入れて設定されているのです。
(「米国が80km以上退避勧告」と報道されましたが、単にこのバッファの取り方が違うだけです)
では、原発での事態が今より悪化し、大量の放射性物質が放出されることは有り得るか。
確かに、「ない」と断言するのは難しいことです。
例えば数%程度でしょうか。
もしそのわずかな可能性に該当し、仮に放射性物質の漏洩が数万倍になったとしても、
現在の20-30kmの避難範囲でもほぼ安全が保たれます。
この場合には、上記のような安全性バッファを持った安全基準のために避難範囲が拡大され、
避難行動に多少の混乱が生じることは考えられますが、健康への影響は軽微でしょう。
(むしろ避難生活による心身への影響のほうが心配されるべきでしょう。
このように多少の不条理を許容してでもあえて過剰に安全基準が設定されているのです。)
確率はさらに低いですが、万が一それよりさらに大量の放射性物質が放出されたとしたら。
再び、「ない」と断言するのは難しいことです。それが0.01%か0.001%でも。
東京は原発から200km、つまり影響は20km地点よりさらに100分の1になります。
それでも、現在の数万倍程度をさらに大きく超える放射性物質が放出された場合、
東京でも安全基準を超える放射能が検出され、屋内退避の指示が出るかもしれません。
その場合、外出が制限されて経済活動には大きな支障が生じるとは思われます。
ですが、安全基準に含まれるバッファゆえに、東京で健康への影響が生じることは全くなく、
数日間の静寂ののちに何事もなかったように日常生活が再開するでしょう。
では、もし0.01%の確率で
「数日間家を出られず、でも全く健康に影響はない」
ということが発生するとして、念のためであっても東京を離れる必要性を感じるでしょうか。
考えようによっては、放射能が怖いと言って母国や故郷に帰った方にとっては、
帰路で交通事故にあっていた確率のほうがずっと高いということもあるかもしれません。
■■ 津波被害: 未曾有かつ進行中の非常事態。少しでも円滑な救援活動を
津波を中心とした震災により、3/17現在で死者5,000名、行方不明9,000名に達しています。
まだ1万人単位での安否不明の情報が複数あることを考えると、
全体で犠牲者数が数万人に達することは否定しがたい状況になりつつあります。
また、津波から辛うじて命を長らえ、避難生活を送っている方々は3/17現在で40万人強。
高齢者など生活弱者も多く、寒冷な天候が続き物資も届かない状況が懸念されます。
もし仮に全体の数%の割合としても、数千数万の方々の命が危険にさらされている状況です。
すでに十数名の方が避難所で亡くなったと報道があり、まさに現在進行中の事態です。
個人として今この事態での救援活動に貢献することはまだ難しいですが、
現在大規模に進行している救援活動が少しでも円滑に進むよう、
協力できることは何でも協力したいところです。
一方の原発被害では、十数名の負傷者が出たものの、まだ1人の犠牲者もありません。
今後も犠牲者が生じないことを願いますが、残念ながら犠牲者が生じる可能性は、例えば
10%の確率で数人、1%の確率で数十人、0.1%の確率で数百人程度、
と見ておおよそ外れないでしょうか。
確率的な平均値で言えば数人に達するかどうか。
この「確率的に数人の犠牲者」という状況は、津波の犠牲数万人や、
今後避難所で生じる可能性のある数千人数万人とは比べるべくもありません。
東北地方の津波被災地の目下の状況は、
原発不安ゆえに円滑な救援活動に遅滞を及ぼすことが許容されるものではないのです。
■■ 今すべきでないこと、すべきこと
多くの方々にとって、放射能をつかみどころのない不安と感じることは避けがたいことです。
ですが、ある程度高い教養や判断能力、社会的影響力を持った方々は、
それと一緒になって不安や不信ばかりを強調していてよいものでしょうか。
東北地方での大規模な救援活動の指揮をしながら、
それと併行して原発についても正確な情報提供を続けている官邸を中心とした日本政府。
それに対し、メディア含め自身の不勉強や論理的思考力不足ゆえに理解が及ばない部分を、
「政府の危機認識が不十分」「情報を隠しているのでは」「対応が後手」
などと非難し社会不安を増幅するのは適切でしょうか。
それらの行動が東京圏3000万人に滞留する不安心理を増長することで、
政府や各種機関に被災地から遠い東京での必要以上の対応を強い、
間接的に被災地での多くの救える命を失うことにはならないでしょうか。
(健全な公権力批判は市民社会に根付くべきものですが、
この状況下で多数の命をさらに失うことになっては本末転倒です。)
今すべきなのは、被災地での救援活動を少しでも手助けすること。
個人は今は義援金の寄付など、そして体制が整ってくると出来ることも広がるでしょう。
節電に協力するなどして首都圏の混乱を最小限に抑え、
各種機関が被災地での活動になるべく集中できるようにすること。
なるべく経済活動を維持し、日本経済の維持を通して被災地復興に寄与すること。
そしてある程度高い教養や判断能力を持った方々には、僅かながらの間接支援として、
根拠のない不安の広がりを防ぐことも、今できることのひとつではないでしょうか。